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有栖川宮幸子女王 (毛利斉房の正室)の系図

有栖川宮幸子女王 (毛利斉房の正室)(1782−1852)を中心とした先祖の系図。父は有栖川宮織仁親王。母は鷹司富子。

有栖川宮織仁親王の次女。毛利斉房の正室

系図の説明

この系図は有栖川宮幸子女王 (毛利斉房の正室)を中心とした先祖の系図です。有栖川宮幸子女王 (毛利斉房の正室)は有栖川宮織仁親王の次女。毛利斉房の正室。系図には7名の人物が含まれています。1713年から1782年まで、約69年にわたる系譜です。父は有栖川宮織仁親王。母は鷹司富子。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    有栖家と毛利家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には4名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1713年〜1769年

江戸時代の皇族。有栖川宮5代。霊元天皇の十七男。有栖川流書道を創始。中務卿、一品。一本、牛車

1739年〜1813年

江戸時代中期の公家。藤氏長者。従一位、関白。直仁親王の末子四男。鷹司家当主。出家。妻に家女房(子に隆範(1773.7.1-1829.10.18、興福寺別当、大乗院門主、操君、円満院、大僧正、光明寺)、覚尊(1784.12.24-1832.10.23、東大寺別当、勧修寺門主、尊深、本君、蓮華光院、大僧正、即成就院))

1754年〜1820年

日本の江戸時代の皇族。職仁親王の七男。有栖川宮6代。家女房に八重嶋(山村則宴(右衛門尉)の娘、子に高貴宮(1776.5.10-1777.3.5、長男、尊勝院))

1763年〜1804年

徳川治興の婚約者。有栖川宮織仁親王の妃

鷹司輔平の正室。贈従三位

後藤左一郎の娘。子に職子女王(1745.10.19-1787.1.31、長女、徳川重倫と婚約のち離縁、於佐宮、長宮、愛宮、霊照院)

系図に登場する人物(7名)

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