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洞院実泰の系図

洞院実泰(1269−1327)を中心とした家族の系図。父は洞院公守。母は平親継の娘 (洞院公守の妻)。子に洞院公賢、洞院実守、洞院守子、洞院公泰、洞院公敏がいる。

鎌倉時代後期の公卿。洞院家3代。洞院公守の長男。従一位・左大臣。勅撰集『新後撰和歌集』以下に53首入集

系図の説明

この系図は洞院実泰を中心とした家族の系図です。洞院実泰は鎌倉時代後期の公卿。洞院家3代。洞院公守の長男。従一位・左大臣。勅撰集『新後撰和歌集』以下に53首入集。系図には17名の人物が含まれています。1269年から1350年まで、約81年にわたる系譜です。父は洞院公守。母は平親継の娘 (洞院公守の妻)。5人の子がいる。

系図の重要ポイント

  • 1
    婚姻

    洞院家と小倉家の婚姻関係が見られます。

  • 2
    女性

    系図中には8名の女性が記録されています。

この系図の主要人物

1291年〜1360年

日本の公卿 (1291–1360)

1292年〜1352年

洞院実泰の次男。正二位・権大納言、按察使、弾正尹。出家

1305年〜1364年

鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿・歌人。洞院実泰の三男。正二位・権大納言(北朝)、従一位・右大臣(南朝)。

1308年〜1358年

鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿。洞院公賢の長男。母は家女房。正二位・権中納言。従一位・左大臣(南朝)。南朝の重鎮、公家大将。子に尊悟(比丘尼)

1314年〜1372年

鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿。洞院実泰の四男。正二位・大納言(北朝)、右大臣(南朝)。

1315年〜1367年

南北朝時代の公卿。洞院公賢の次男。従一位・内大臣(北朝)。洞院家5代

1350年〜1359年

南北朝時代の公卿。大納言(南朝)

崇光天皇の後宮・女御。梅津

後醍醐天皇の妃、従二位

系図に登場する人物(17名)

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