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藤原俊忠の系図
藤原俊忠(1073−1123)を中心とした子孫の系図。父は藤原忠家。母は藤原経輔の長女 (藤原忠家室)。子に藤原忠成、藤原公長 (藤原俊忠の子)、藤原俊成、俊海、藤原豪子、藤原俊忠の娘 (藤原伊通室)、藤原俊忠の娘 (藤原師綱室)、藤原俊子、藤原俊忠の娘 (藤原光房室)、藤原忠子がいる。
1073-1123, 平安時代後期の公卿、歌人。藤原忠家の次男。官位は従三位・権中納言。家集『俊忠集』。勅撰集『金葉和歌集』以下に29首入集
系図の説明
この系図は藤原俊忠を中心とした子孫の系図です。藤原俊忠は1073-1123, 平安時代後期の公卿、歌人。藤原忠家の次男。官位は従三位・権中納言。家集『俊忠集』。勅撰集『金葉和歌集』以下に29首入集。系図には37名の人物が含まれています。1073年から1162年まで、約89年にわたる系譜です。父は藤原忠家。母は藤原経輔の長女 (藤原忠家室)。10人の子がいる。
系図の重要ポイント
- 1女性
系図中には20名の女性が記録されています。
この系図の主要人物
1091年〜1158年
平安時代後期の貴族。正五位下・民部大輔。御子左庶流大炊御門流の祖。子に藤原惟綱(尾張守従五位上)、昌雲(延暦寺、法務、大僧正、妙法院、牛車)、重慶(興福寺、法橋、子に義慶(興福寺、上座) 、玄能(興福寺、上座) )
1125年〜1155年
平安時代後期の公卿。藤原北家勧修寺流葉室家。藤原顕頼の次男。従三位・参議。妻に藤原知通の娘(子に藤原為頼、藤原惟基(-1182))。子に藤原惟綱(惟経)、藤原惟頼、寛宝、全快、藤原信説の妻、右兵衛佐光実室、左右衛門督局(官仕院女房)、源清信の妻。
系図に登場する人物(37名)
藤原俊忠(1073-)藤原忠成(1091-)藤原俊成(1114-)藤原光頼(1124-)藤原惟方(1125-)藤原光能(1132-)藤原忻子(1134-)藤原成頼(1136-)藤原長方(1139-)寂蓮(1139-)徳大寺実定(1139-)藤原多子(1140-)吉田経房(1142-)九条光長(1144-)藤原実家(1145-)八条院三条(1148-)高松院新大納言(1150-)藤原成家 (1155-)建春門院中納言(1157-)藤原定家(1162-)藤原俊忠の娘 藤原忠成の娘 藤原忠成の娘 坊門殿 藤原公長 俊海八条院坊門局藤原俊忠の娘 後白河院京極局藤原忠成の娘 藤原豪子藤原俊子藤原祐子藤原俊忠の娘 八条院按察藤原頼子藤原忠子