とういん きんもり
洞院公守
鎌倉時代中期~後期の公卿。洞院家2代。洞院実雄の次男。従一位・太政大臣。勅撰集『続拾遺和歌集』以下に24首入集
家系図プレビュー
親族情報
- 父
- 洞院実雄
この人物をもっと探す
有名人物とのつながりを探す
人物要約
洞院公守(1249年〜1317年)は、鎌倉時代中期~後期の公卿。洞院家2代。洞院実雄の次男。従一位・太政大臣。勅撰集『続拾遺和歌集』以下に24首入集。享年68歳。
系図上の位置
洞院公守は洞院実雄と徳大寺栄子の子である。配偶者は清水谷持子、平親継の娘 (洞院公守の妻)、北条久時の娘 (洞院公守の妻)、高階氏 (洞院公守の妻)。子に洞院実泰、正親町実明、桓守、洞院公守の娘 (三条実重の室)がいる。
主要な親族
よくある質問
洞院公守の父親は誰ですか?
洞院公守の父は洞院実雄です。
洞院実雄の詳細 →洞院公守の母親は誰ですか?
洞院公守の母は徳大寺栄子です。
徳大寺栄子の詳細 →洞院公守の子孫は誰ですか?
洞院公守の子には洞院実泰、正親町実明、桓守らがいます。さらに詳しい子孫は系図ページでご覧いただけます。
洞院公守の子孫系図を見る →洞院公守は誰の家系ですか?
洞院公守は洞院実雄の家系に属します。洞院実雄の先祖を辿ることで、より広い家系を確認できます。
洞院実雄の先祖を見る →洞院公守はいつ生まれましたか?
洞院公守は1249年に生まれ、1317年に亡くなりました(享年68歳)。
関連人物
- 洞院実雄鎌倉時代前期から中期の公卿。従一位・左大臣。洞院家の祖・初代。子に公方(皇后宮権亮、左中将、正四位下、教覚、笛上手、物狂)-通氏(正四位下、左中将)、公風(左少将)、定勝(-1245、醍醐寺座主、法印、三宝院)、実修(興福寺東門院、法印権大僧都)、守恵(1244-1313、仁和寺、法務大僧正、東寺一長者、護持、成就院、道融僧正資)、公潤(延暦寺、法印、相空)、公春(延暦寺、法印、円月、因月) 、洞院実子(後宇多天皇・後醍醐天皇官女)
- 徳大寺栄子徳大寺公審(法印、実快の子)の娘
- 清水谷持子従三位。洞院公守の妻のち離別
- 平親継の娘 (洞院公守の妻)
- 北条久時の娘 (洞院公守の妻)
- 高階氏 (洞院公守の妻)父は泰勝(法眼)
- 洞院実泰鎌倉時代後期の公卿。洞院家3代。洞院公守の長男。従一位・左大臣。勅撰集『新後撰和歌集』以下に53首入集
- 正親町実明洞院公守の次男。正親町家の祖。権大納言。
- 桓守鎌倉時代後期の僧
- 洞院公守の娘 (三条実重の室)のち離別